こんにちは、タマキです。
外からは見えない症状を抱えて働くのは、しんどいものです。体のつらさはもちろんですが、それ以上に「申し訳ない」「分かってもらえない」という気持ちが、じわじわと心を削っていきます。
この記事は、39歳で日光アレルギーを発症した私が、仕事とどう折り合いをつけてきたかの記録(後編)です。発症から原因がわかるまでの経緯は、前編に書いています。
👉 前編はこちら https://senior-sun-sensitive.com/sun-allergy-symptoms-experience-part1/
「自分は参加できません」と言うたびに
日中に外で活動する仕事もありました。日光アレルギーのある私は、どうしても無理なときは人に代わってもらったり、「自分は参加できません」と伝えざるをえませんでした。
そのたびに、申し訳なさと心苦しさで、胸がしめつけられるような気持ちになりました。
無理をして、倒れかけた日
一度だけ、意地を張ったことがあります。
全身を布で覆って、外に出続けたのです。これなら日光は防げる——そう思ったのですが、今度は体に熱がこもってしまい、熱中症のようになってフラフラに。本末転倒でした。
そのとき上司にかけられた言葉を、今でも覚えています。
「無理しないでよかったのに」
責められると思っていたのに、返ってきたのはその一言でした。ありがたいのと同時に、「役に立てなくて申し訳ない」「恥ずかしい」——そんな思いでいっぱいになって、自分を責めてしまった時期が、そこから長く続きました。
50代になって変わったこと
「できなくてごめんなさい」という気持ちを、私は長く抱えてきました。
でも50代になった頃から、少しずつ考え方が変わりました。その思いをただの自己否定で終わらせずに、「では、自分にできることは何だろう?」と考えて行動できるようになったのです。
無理のない範囲で、丁寧にやっていくこと。それを積み重ねていくことで信頼が生まれ、周囲と良い関係を保てる——働きながら、そう実感できるようになりました。
「できないことはできない」と言えるようになった
同時に、「できないことはできない」と正直に伝えることも、大切にするようになりました。昔の私には、いちばん難しかったことです。
事前に症状を理解してもらえている職場では、「助かっているよ」と声をかけてもらえる場面も増えました。環境や人に恵まれたことも大きいですが、自分から正直に伝えるようになったからこそ、周りも声をかけやすくなったのだと思います。
隠して無理をするより、伝えてできることをやる。遠回りしましたが、これが私の出した答えです。
見えにくい症状を抱えて働くあなたへ
発症から15年ほどたった頃、ようやく「これは自分の弱点なんだ」と受け入れられるようになりました。「無理をしない」「弱さを認める」ができるようになったのは、本当に最近のことです。
もし、同じように外からは見えにくい症状で悩みながら働いている方がいたら——どうか自分を責めず、できる範囲でやさしく過ごしてほしいと願っています。あなたが「できません」と言うことは、わがままではありません。長く働き続けるための、大切な技術です。
日光アレルギーは、きっとこれからも一生つきあっていくもの。でも、無理をせず、自分の弱さを知って生きていくことは、誰にとっても大切なことなのだと思います。
あなたの毎日が、少しでも健やかでありますように。
👉 前編「突然の発症から原因に気づくまで」はこちら https://senior-sun-sensitive.com/sun-allergy-symptoms-experience-part1/
🌞 発症から現在までの記録を順番に読みたい方はこちら https://senior-sun-sensitive.com/sun-allergy-experience-summary/
最後まで読んでいただき、ありがとうございました🌿
🟡この記事を書いた人:タマキ
日光アレルギー歴17年。日差しが苦手なのに、縁あってマレーシアへ移住してしまいました。 動き回るせっかちな夫と、のんびり日陰を選ぶ私のシニア夫婦ふたり暮らし。
「快適にすごす工夫」を探しながら、日光アレルギーのこと、日々の暮らし、無理しない旅の記録を綴っています。
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