【宿泊記】パーク ハイアット クアラルンプール|ムルデカ118の110階から見た、独立記念日の花火

ムルデカ118の、110階に泊まりました。

飛行機以外で、こんなに高いところで寝たのは初めてです。8月30日から2泊。ちょうど31日がマレーシアの独立記念日、ムルデカ・デーでした。セランゴール州だけ祝日が一日増えたので、2泊にしました。夫は「1泊にする?」と言いましたが、そこは譲りませんでした。

日差しが苦手な人間が、遮るもののない110階で二晩過ごすと、どうなるか。行く前はそれが少し心配でした。

01 基本データ

ホテルパーク ハイアット クアラルンプール(ムルデカ118/ロビーは75階)
部屋タワービュー キング 11019号室 110階・西向き
泊数2026年8月30日〜9月1日/2泊
実際に払った総額4,459.20リンギット(約17万8千円) 朝食2人×2日分、税・観光税すべて込み
内訳宿泊 8/30=2,250/8/31=1,350 朝食(2名2日)=520 SST・観光税=339.20
予約ワールド・オブ・ハイアットのアプリから。タワービューかどうかで料金が分かれており、見えるほうを選んで予約。デポジットはチェックイン時に支払い、差額はチェックアウト時に返金手続き(デビットカードのため戻るまで3〜4週間)
行き方MRTムルデカ駅 Pintu B(スタジアム・ヌガラ側)から徒歩。ただし道がわかりにくく、屋根のない区間もあり。近くからでもGrabが確実

独立記念日の前夜にあたる30日が2,250リンギット、翌31日が1,350リンギット。同じ部屋で900リンギットの差がありました。祝日の前の晩は、やはり高い。

02 青いガラスの塔と、75階のロビー

駅から見上げたムルデカ118の外観。青いガラスの塔
MRTの出口から見上げたムルデカ118。外から見ると、ガラスが青い。

MRTムルデカ駅のPintu Bを出ると、もう目の前が塔でした。見上げると、ガラスが青く光っています。この青が、あとで効いてきます。

MRTムルデカ駅 Pintu B の出口
駅の出口。ここから屋根づたいで行ける。
パーク ハイアット クアラルンプールのエントランス
ホテルのエントランス。ロビーは75階。

ここで、先に書いておきたいことがあります。

私たちは駅から歩いていきました。塔は見えているのに、ホテルの入口までの道がわかりにくい。そして全部が屋根付きの道ではありませんでした。マレーシアは、そもそも歩くために整備されていない道が多い。歩道が途中で切れたり、車道の脇を歩くことになったりします。

日差しを避けたい人間にとって、この「駅からの数分」は部屋の広さと同じくらい大事なところです。次に行くなら、近くからでもGrabを使います。パサールセニ駅あたりで乗ってしまうのが、いちばん確実だったと思いました。距離としては近いのですが、近いからこそ歩いてしまって、いちばん暑い時間に日に当たることになります。

着いてしまえば、あとは涼しい建物の中です。チェックインは10時55分。着いてすぐでした。早く入れたのが、そのまま嬉しさになりました。

デポジットはチェックインのときに払います。マラッカではWiseのデビットカードが使えませんでしたが、ここでは問題なく通りました。

03 110階の部屋、11019

11019号室の全景。ベッドから窓まで遮るものがない
ベッドから窓まで、さえぎるものがない。

部屋は11019。110階の西向きです。ベッド、ソファ、丸いダイニングテーブル。落ち着いた色で、うるさいところがひとつもありません。

客室のベッドまわり
ベッドまわり。

気に入ったのは、仕切りでした。洗面・トイレ・クローゼットを、壁まである仕切りで閉められる。しかもこの仕切り、閉めるとただの壁にしか見えません。写真の左、テレビの横の板がそれです。よく見ると細長い取っ手が2本ついていて、そこでやっと扉だとわかります。

壁のように見える仕切り扉。閉めたところと開けたところ
閉めたところ(左)と開けたところ(右)。閉めると壁にしか見えない。

中が見えないから落ち着きます。ワンルームのようにつながっているホテルが多い中で、これはありがたい作りでした。

窓際の置き型バスタブ
窓際の置き型バスタブ。街を見下ろしながら入れる。
洗面台・シャワー・トイレ・クローゼット
洗面・シャワー・トイレ・クローゼット。
食器棚の中、ネスプレッソ、スリッパ、ル ラボのアメニティ
食器棚の中、ネスプレッソ、スリッパ、ル ラボのアメニティ。

グラスやコーヒーの道具は、模様入りのガラス扉がついた食器棚に収まっています。開けると中に間接照明が入っていて、ここがいちばんおしゃれでした。

夕方にはターンダウンがありました。部屋をきれいに整えて、コーヒーや水、お茶のパックまで補充してくれます。ここはとても優秀でした。

2日目には、何か要るものはありますかと聞いてくれました。夫がミルクをお願いすると、あとから袋に入れて、わざわざ届けてくれました。冷蔵庫の中身はリストになっていて、ミルクは無料だと分かってはいたのですが、頼めばこうして持ってきてくれるのだと知りました。

アメニティは、歯ブラシなど最低限のものが引き出しの中に入っていました。洗面台の上には出ていないので、最初は探すことになります。それ以外に必要なものは、リストの中から選んで頼む方式でした。慣れていないと戸惑うところかもしれません。頼めばすぐに届きます。

04 日光アレルギーの目で見た、110階の部屋

この記事でいちばん書きたかったのが、ここです。

110階には、日差しをさえぎるものが何もありません。庇もなければ、木も、隣のビルもない。空しかない場所です。だから覚悟していました。

ところが、思っていたよりずっと楽でした。

上から降りてくるシェードを半分下ろした客室の窓
上から降りてくるシェード。昼間、半分だけ下ろして過ごした。

理由のひとつは、シェードです。窓の上から布のシェードが降りてきます。全部下ろすと外が見えなくなってしまうので、日が高い時間は半分だけ下ろして過ごしました。上半分の空を隠して、下半分の街を残す。この使い方が、この部屋にはちょうどよかった。

もうひとつは、あの青いガラスです。外から見ると窓が青いので、紫外線を通しにくいのではないかと思いました。ただ、これは確かめたわけではありません。わかるのは、110階で二日過ごして、思っていたほどしんどくなかった、という体感のほうだけです。

ベッドに寝たまま見た窓。空しか見えない
ベッドに寝たまま窓を見ると、空しか見えない。

面白かったのは、見え方でした。ベッドに寝たまま窓を見ると、空しか見えません。起き上がって立つと、やっと半分が空になる。高い場所というのは、そういう見え方をするものだと初めて知りました。

真下も、思っていたのと違いました。真上からセントラルマーケットの屋根が見えたのですが、あの水色ではなかった。上から見る屋根は、横から見て覚えていた色とは別の色をしていました。

客室から見たクアラルンプールの日没
部屋から見た日没。19時すぎ。

05 「花火は目の前で見えますよ」

予約したのは「タワービュー キング」という部屋です。チェックインのとき、ツインタワーは見えますかと聞いたら、「ツインタワービューではないのですが、花火は目の前で見えますよ」と返ってきました。あれ、と思いました。

あとで調べたら、このホテルには「ツインタワービュー」という部屋がそもそもありません。あるのは「タワービュー」だけ。タワー=ツインタワーだと、自分で思い込んでいただけでした。ツインタワーは右端に少しだけ見えていて、まあいいか、と。

そしてフロントの言葉のほうは、その晩そのまま本当になりました。

夜、壁面いっぱいにマレーシア国旗が映るビル
夜、ビルの壁面いっぱいの国旗。
紫にライトアップされたKLタワー
紫に染まったKLタワー。

日付が変わるころ、花火が上がりました。

110階の窓から見下ろしたムルデカ・デーの花火
ムルデカ・デーの花火。110階の窓から。

見下ろす花火は、思ったより小さかったです。それでも、あちこちで花火が上がっていました。音も、小さめに聞こえてきました。花火のあとはドローンが、空にいくつも絵や文字を描いていきました。「WAWASAN」という文字も出ました。マレー語で「展望」という意味だそうです。

ドローンが夜空に描いた「WAWASAN」の文字
ドローンが描いた「WAWASAN」の文字。
真下に見えるムルデカ広場と集まった人々
真下のムルデカ広場。人が集まっているのが見える。

真下のムルデカ広場に、人が集まっているのが見えました。あの中にいたら、たぶん暑くて、混んでいて、帰りの人混みのことばかり考えていたと思います。窓の内側にいて、涼しいまま、上から見ていました。110階の窓が、その晩だけ特等席になりました。

2泊にして、よかったと思っています。

06 朝食と、69年目のお皿

朝食は75階のパーク ラウンジで。2人・2日分で520リンギットでした。あとから足した形なので、請求書にもそう出ています。

パーク ラウンジの朝食。フルーツとパンケーキ
2日目の朝食。フルーツとパンケーキ。
75階のパーク ラウンジの店内
パーク ラウンジ。天井が高い。
2日分の朝食6品
2日分の朝食から。

夕方、部屋にケーキが配られました。マンゴーとメレンゲに、薄いチョコレートのコーティング。この組み合わせが最高に合っていました。ちょうど食後で、2人で半分ずつにしてちょうど満足できる量でした。

マレーシア独立69周年の絵柄の皿にのったケーキ
お皿には「CELEBRATING 69 YEARS OF MALAYSIA’S INDEPENDENCE」。

お皿をよく見たら、「CELEBRATING 69 YEARS OF MALAYSIA’S INDEPENDENCE」と入っていました。1957年8月31日の独立宣言から数えて、この日でちょうど69年。その日だけのお皿でした。

このケーキが配られたのは、独立記念日の当日の夕方です。つまり、その晩も泊まる人だけが受け取れるものでした。1泊で帰っていたら、もらえていません。

2泊にできたのは、セランゴール州が9月1日を臨時の祝日にしたからです。州がSUKMA(マレーシア国民体育大会)で総合優勝したお祝いに、急に決まった休みでした。おかげでもう一晩泊まることになり、このケーキにも行き当たりました。とてもおいしいケーキだったので、これは運がよかった。

ついでに書くと、8月31日は私たちの入籍記念日でもあります。1995年の8月31日、この日でちょうど31年になりました。記念日のことは予約のあとにホテルへメールしておきましたが、特に何もありませんでした。

07 プールは朝6時から。塩水で、よく浮きました

早朝の屋内プールと、窓の外のクアラルンプール
朝のプール。窓の外にKLの街。

プールは朝6時から。行ってみたら、誰もいませんでした。貸切です。

早朝のプールの水面に映る窓の桟
水面に、窓の桟が映っていました。

係の人もまだ来ていなくて、途中から一人やってきて、朝の支度を始めていました。以前なら「係の人がいないのに使っていいのかな」と気になったところですが、今ではマレーシアあるあるだなと思うようになりました。開いていて使えるのだから、問題なしです。

今回はよく泳ぎました。入ってみて驚いたのは、水が塩味だったことです。塩水のプールで、真水より体が浮きます。泳ぎがうまくない人間には、これがありがたい。夫は「綺麗な水のプールだね」と言っていました。塩素のにおいがしないので、そう感じたのだと思います。

隣のジャグジーもよかった。温かくて、泡が気持ちよくて、夫はむしろそちらを気に入っていました。

時間帯のことも書いておきます。朝6時は貸切。夜も、7時半に行ったときは貸切でした。ところが8時に行った日は、家族連れでけっこうな賑わい。7時半は、みなさん食事の時間だったのかもしれません。静かに泳ぎたいなら、朝6時台か、夜7時半ごろが狙い目です。

08 50代の体に、ラクだったこと/きつかったこと

ラクだったこと

置き型のバスタブは、出るときのまたぎが楽でした。同じ置き型でも、リッツ・カールトン ランカウイのときよりずっと楽に感じました。高さや大きさに違いがあるのかもしれません。マラッカで段差につまずいて転んで以来、この手のことがすっかり気になるようになりました。

部屋の中に段差はありません。仕切りのおかげで、夜中にトイレへ立っても寝ている側に明かりが漏れません。

きつかったこと

110階へ上がるエレベーターの階数表示
110階へ上がるエレベーター。

エレベーターです。1階まで降りるには、毎回2本を乗り継ぐことになります。110階から75階までは平気でした。プールやジムのある階も、朝食の75階も、なんともありません。問題は乗り継いだあとで、75階から1階までで、毎回耳がツンとしました。乗るたびに、必ずです。

客室の天井にある火災報知器
天井の火災報知器。1分に数回、赤く点滅する。

もうひとつ。天井の火災報知器が、1分に数回くらい赤く点滅します。部屋を暗くしても、この赤は消えません。真っ暗でないと眠れないタイプの方は、アイマスクを頼んでおくといいと思います。アメニティのリストから頼めます。私は頼んでおいて助かりました。

09 夫のひとこと

1日目の朝食のことです。2人で席を立ったすきに、テーブルを片付けられてしまいました。まだ食べている途中でした。

「まだ食べてる途中だったよ」と係の方に言ったら、ソーリーと慌てて支度をし直してくれて、その慌ただしさの中で、夫が英語でアラカルトのメニューをもう一度くださいと頼んでくれました。仕切り直してくれたのが、頼もしかった。

朝食で頼み直した牛肉麺
そこで頼み直した牛肉麺。

そのとき頼んだ牛肉麺とエビの点心が、いちばんおいしかったのだから、わからないものです。心に残る朝食になりました。

自分で言わないとダメなのだと、今回も思い知らされました。言えば、みなさん快くやってくださる。いじけていたらダメだと思いました。

もうひとつ、この滞在で覚えたこと。ナプキンは、席を立つとき椅子の上に置く。テーブルに置くと「ごちそうさま」の合図と取られやすいそうです。

10 まとめ|こんな人に向く、向かないかもしれない

良かったこと

  • 110階でも、シェードと青いガラスのおかげで日差しがしんどくなかった
  • 水回りを天井まで仕切れて、部屋の中が落ち着く
  • 独立記念日の花火とドローンショーを、部屋から涼しいまま見られた

正直に気になったこと

  • 駅からホテルまでの道がわかりにくく、屋根のない区間がある
  • 1階まで降りるのにエレベーターを2本、そのたびに耳がツンとする
  • 天井の火災報知器の赤い点滅が、暗くしても消えない

こんな人に向いています

  • 外を歩く時間をできるだけ短くしたい人
  • 一日ホテルにこもっても飽きない人(窓の外がずっと変わります)
  • ムルデカ・デーなど、街の催しを上から静かに見たい人

向かないかもしれない人

  • 高いところが苦手な人。ベッドから見えるのは空だけです
  • 気圧の変化で耳が痛くなりやすい人
  • ツインタワーを部屋から眺めたい人(この向きでは右端に少し見えるだけです)

街中のホテルの良さは、Grabでふらっと出かけても、すぐに帰ってこられることでした。

日差しを避けながら旅を続けるようになったのには、20年近い理由があります。

私の日光アレルギー体験まとめ|39歳の発症から現在まで
39歳で日光アレルギーを発症してから50代後半の現在まで、症状の変化、仕事との両立、更年期との重なり、外出の工夫や日焼け止め選びまでの体験談をまとめました。今のあなたの状況に合わせて、読みたい記事から読めるページです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました🌿


🟡この記事を書いた人:タマキ
2008年、39歳のときに日光アレルギーを発症しました。日差しが苦手なのに、縁あってマレーシアへ移住してしまいました。 動き回るせっかちな夫と、のんびり日陰を選ぶ私のシニア夫婦ふたり暮らし。
「快適にすごす工夫」を探しながら、日光アレルギーのこと、日々の暮らし、無理しない旅の記録を綴っています。


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