マラッカは夕方から歩く|日差しが苦手な50代夫婦の、世界遺産の街の回り方

夕暮れの水上モスクと、夜のリバークルーズから見た壁画の建物

世界遺産の街マラッカを、3泊4日で歩いてきました。といっても、歩いたのはほとんど夕方から夜です。

日光アレルギーがある私にとって、炎天下の街歩きはいちばん避けたいことです。それでも、出かける時間を夕方に寄せて、日中に出るときは屋内で過ごせる場所を選んだら、思っていたよりずっと回れました。

泊まったのは川沿いのカーサ・デル・リオ・メラカ。ホテルのことは別の記事に書いたので、こちらには街に出たほうを残しておきます。日差しが苦手な方が「マラッカは行けるかどうか」を判断できるように、写真を多めに載せました。

行きはKLセントラルからETS(都市間特急)でした。駅では朝ごはんを買って食べている人がたくさんいて、私たちもナシレマとサンドイッチを買いました。それだけで、ぐっと旅行気分が盛り上がります。

降り立ったプラウ・スバン/タンピン駅は、片田舎ののどかなところでした。世界遺産の街の玄関口、という雰囲気ではありません。駅の近くのカフェで甘いアイスコーヒーを一杯飲んでから、Grabを呼びました。あの一杯が、旅の始まりとして妙に記憶に残っています。

昼のマラッカ川。クルーズ船とマレーシアの国旗

夕方に歩き、日中は屋内へ

マラッカの街歩きは、できるだけ夕方から夜に寄せました。日中に出るときは、屋内で過ごせる場所を選ぶ。3泊のあいだ、だいたいこのやり方で動きました。

3泊なので、出かけた日は3回。モスクと劇場へ行った日、船に乗った日、街を歩いた日。順に書いていきます。

ある日の夕方|水上モスクと、劇場へ

水上モスク

夕方、Grabで水上モスク(マスジド・スラット・ムラカ)へ行きました。海の上に立っているように見えるモスクです。日が傾いてからのお出かけなら、日差しの心配もありません。

夕暮れの水上モスク(マスジド・スラット・ムラカ)

アンコール・マラッカ

そのあと、またGrabで劇場へ向かいました。アンコール・マラッカ(Encore Melaka)です。屋内で、しかも夕方からの開演なので、日差しの心配がまったくないお出かけ先です。日中の暑い時間を避けて予定を組みたい人にとって、劇場という選択肢はもっと知られていいと思います。

マラッカ600年の歴史を、舞台が回りながら見せていく作りでした。水が舞台に落ちてくる仕掛けもあって珍しかったです。女性が20人ほどで踊るニョニャダンスのような場面が、優しくてコミカルで、いちばん楽しかったところ。

久しぶりに舞台を観られたことが、なにより嬉しかったです。

別の日の夕方|川沿いで夕ごはん、そしてリバークルーズ

クルーズの前に、夕ごはん

船に乗る前に、川沿いのお店で夕ごはんを食べました。リバークルーズ乗り場のすぐ近くにある「Tingkat(ティンカット)」というお店です。

夜のTingkat。屋根から色とりどりの傘が吊るされている

チャーハンとラクサ。どちらもおいしくて、これから船に乗るという待ち時間も含めて、いい夕方でした。

クルーズの前に食べたチャーハンとラクサ

夜のリバークルーズ

夜のクルーズ船に乗りました。日が落ちてからの川風が気持ちよくて、日差しをまったく気にせずに街の景色を楽しめます。日中のクルーズより、私にはずっと向いていました。

夜のリバークルーズから見た、壁画の建物

川沿いのバーで

クルーズのあと、別のお部屋に泊まっていた友人たちも合流して、川沿いのカジュアルなバーへ。料理もビールも美味しくて、夜風が気持ちよくて、ゆっくりできました。行ってよかったと思える時間でした。

最後の日|スタダイスと、マラッカタワー

スタダイス

街歩きの途中では、スタダイス(Stadthuys)にも入りました。川を渡ってすぐの、あの赤い建物です。オランダ統治時代に建てられたもので、今は歴史民族博物館になっています。

屋内でじっくり見られるので、日差しを避けたい時間帯の逃げ場としてもありがたい存在です。ホテルからすぐという立地の良さに助けられました。

印象に残っているのが、マラッカという地名の由来を伝えるジオラマでした。

13世紀、マジャパヒト王国の分裂で流浪することになったパレンバンの王子パラメスワラが、この地にたどり着きます。狩りの途中、木の下で休んでいたとき、白いマメジカが猟犬に立ち向かい、そのうちの一頭を川へ蹴り落とすのを見ました。その勇気に心を打たれた王子は、ここに国を建てることを決め、自分が寄りかかっていた木の名前をとって「ムラカ」と名づけた——という話です。

スタダイスのジオラマ。白いマメジカが猟犬に立ち向かう、マラッカ建国の場面

小さな鹿が犬を蹴り落とす。その一場面が国の始まりになったというのが、なんだかいいなと思いました。

マラッカタワー

意外なほど良かったのが、マラッカタワー(ムナラ・タミンサリ)でした。

まず、外で待つ必要がなかったこと。炎天下の行列は日光アレルギーにとって一番きついので、これは本当に助かりました。

そしてこのタワー、ぐるぐる回りながら上に昇っていく造りなんです。座ったまま360度、マラッカの街が見渡せます。ガラス張りの中から眺めるので、まぶしさを感じることもありませんでした。街歩きで景色を楽しもうとすると日差しとの戦いになりますが、ここは屋内から街全体を見下ろせる、とても効率のいい観光スポットだと思います。

マラッカタワー(ムナラ・タミンサリ)の入口と、細い塔
マラッカタワーの上から見下ろした街と、マラッカ海峡

帰ってから調べてみたら、このタワーは高さ110メートル、24階建てで、マレーシア初にして最も高い「ジャイロタワー」なのだそうです。2008年4月に一般公開されました。一度に約80人が乗れて、1回の所要時間は7分ほど。

名前の「タミンサリ」は、マレーシアの伝説的な英雄ハン・トゥアが持っていたとされる、同名の魔法のクリス(短剣)から取られています。タワーの形も、そのクリスをイメージしてデザインされているそうです。マラッカという街の歴史を背負った名前が付けられていると知ると、あの7分間の眺めがまた少し違って見えてきます。


まとめ|日差しが苦手でも、マラッカは回れました

3泊のあいだにやっていたのは、たった3つのことでした。

  • 出かけるのは夕方から夜に寄せる。水上モスクも、劇場も、リバークルーズも、日が傾いてからで十分でした
  • 日中に出るなら、屋内で過ごせる場所を選ぶ。劇場、博物館、タワー。外で並ばずに入れるかどうかも見ています
  • ホテルに残る日をつくる。全部を一緒に回らなくても、旅は十分に楽しめました

これだけで、世界遺産の街をあきらめずにすみました。

日中こもっていられるホテルだったことも大きかったです。部屋のこと、段差でつまずいた話、朝食のことは、宿泊記のほうに書きました。

【宿泊記】カーサ・デル・リオ・メラカ|日差しを避けて楽しんだ50代夫婦の3泊
マラッカのカーサ・デル・リオ・メラカに夫婦で3泊、総額2,097リンギット。公式サイトの「3泊目無料」を予約サイトと比べたら同額でした。南国の8月にテラスで本が読めた中庭の造りと、一日ホテルにこもった日の話です。

日差しを避ける旅になったのには、20年近い理由があります。

私の日光アレルギー体験まとめ|39歳の発症から現在まで
39歳で日光アレルギーを発症してから50代後半の現在まで、症状の変化、仕事との両立、更年期との重なり、外出の工夫や日焼け止め選びまでの体験談をまとめました。今のあなたの状況に合わせて、読みたい記事から読めるページです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました🌿


🟡この記事を書いた人:タマキ
2008年、39歳のときに日光アレルギーを発症しました。日差しが苦手なのに、縁あってマレーシアへ移住してしまいました。 動き回るせっかちな夫と、のんびり日陰を選ぶ私のシニア夫婦ふたり暮らし。
「快適にすごす工夫」を探しながら、日光アレルギーのこと、日々の暮らし、無理しない旅の記録を綴っています。


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