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マレーシアに来たら、一度は食べてみたい。そう思いながら、心のどこかで少しだけ身構えていた果物があります。ドリアン。「果物の王様」と呼ばれる一方で、あの強烈な匂いの噂も耳にしていて、憧れと、ほんの少しの怖さが入り混じっていました。そんなドリアンを、先日とうとう、生まれて初めて口にしました。
きっかけは、前日の何気ない会話でした
不思議なもので、その前日にたまたま、知人からムサキングというドリアンの話を聞いたばかりだったのです。「せっかくマレーシアにいるのだから、一度は食べてみたいな」と、ぼんやり思っていました。
それが、翌日にはもう叶っているのですから、驚きです。前から行きたかった日曜市場に出かけたその日に、念願のドリアンまで。なんだか、食べるべくして食べたような巡り合わせを感じました。「いつか」と思っていたことが、ふいに目の前にやってくる。マレーシアでの毎日には、そんな軽やかな展開がよくあります。
初めてが、いきなり最高級のムサキングだなんて
しかも、私のドリアンデビューは、いきなりムサキング(猫山王)でした。これはドリアンの中でも最高級とされる品種で、いわば、初めての相撲観戦でいきなり横綱の取組を見るようなもの。初体験としては、ずいぶんぜいたくなスタートです。
食べる前に、いくつかアドバイスももらっていました。ひとつは「濃厚なクリームだと思って食べるといいよ」。もうひとつは「最初は、いちばんおいしいものから食べるのがいい」。この一言を先に聞いていたかどうかで、第一印象はずいぶん変わる気がします。おかげで心の準備ができていて、身構えすぎずに、すんなり「おいしい」と受け取ることができました。
目の前で選んで、切ってもらう
ドリアンは、その場で良さそうな一玉を選んでもらい、目の前で切ってもらいます。お店の方が、トゲだらけの殻に手際よく刃を入れていく様子は、見ているだけでわくわくしました。
ところが、最初に開けてくれた一玉は、どうやらあまり良い状態ではなかったようです。すると店の方は、もう一玉を選び直して、また切り直してくれました。お客に中途半端なものは出さない、その心意気。さすが、ドリアンを見慣れたプロの目です。なんだか、こちらまで嬉しくなりました。
開いた殻の中から現れたのは、プリプリとした黄色い果肉。4つか5つ、ふっくらと並んでいました。本来は手が汚れないように手袋を渡してくれるのですが、私はそれを待ちきれず、つい素手でつまんで食べ始めてしまいました。手袋を受け取ったのは、もうひと口めを頬張ったあと。初めてのドリアンを前に、すっかり気持ちが逸っていたようです。
口に運んでみると、なるほど、教わった通りでした。ねっとりと濃厚で、まるで甘いクリームのよう。その甘さの奥には、ほんのりとした苦みもあって、ひと口の中に複雑な表情があります。匂いも確かに個性的ですが、いざ食べてしまえば気にならないから不思議です。市場の活気の中で、湿った南国の空気ごとかぶりつく初めてのドリアン。これ以上の初体験は、なかなかないかもしれません。
ドリアンを連れて、Grabで帰る
その場で食べきれなかったぶん、大きな2切れほどを持ち帰ることにしました。けれど、ここで気がかりだったのが、帰りの足です。私たちはGrab(配車サービス)を使う予定でした。
マレーシアでは、ドリアンは公共交通機関やタクシーに持ち込んではいけない、と読んだことがあります。あの匂いが、車内や車両にしっかり残ってしまうからですね。ですから、できるだけ目立たないように、そっと持ち帰ろうと思っていました。いわば、こっそり作戦です。
ところが、車に乗り込むなり、夫がうっかり「ドリアン」と口にしてしまったのです。運転手さんには、きっと伝わってしまったと思います。しかも、一緒に買ったサテ(焼き鳥のような串)まで、いつの間にかパックから出ていて、こちらはこちらで香ばしい匂いを放出していました。ドリアンとサテの饗宴。車内はなかなかの状況です。私はただひたすら、申し訳ない気持ちで小さくなっていました。
そして、目的地に着いてGrabを降り、ふと振り返ると——運転手さんが、窓を全開にして走り去っていくのが見えました。さぞ匂いがこもってしまったのでしょう。申し訳ないやら、おかしいやら。あの後ろ姿は、しばらく忘れられそうにありません。
帰宅してからも、匂いとの戦いは続きます
なんとか家までたどり着いたものの、戦いはまだ終わりませんでした。ドリアンを冷蔵庫に入れておくと、今度は庫内全体がその匂いに包まれてしまうのです。さすが果物の王様、その存在感は冷蔵庫の中でも揺るぎません。
そこで、日本から持ってきたラップでしっかり包み、タッパーに入れ、さらに袋に入れて口を縛りました。三重の防御です。それでもなお手強くて、何度かラップを巻き直して、ようやく匂いが落ち着いてくれました。まさか、日本から持ってきたラップが、こんなところで大活躍するとは思いませんでした。
少し冷やして、落ち着いて味わう——もう癖になりそうです
包んだドリアンのうち一部は、冷凍してみることにしました。冷凍すると、濃厚なアイスクリームのようになっておいしい、と教わったからです。
後日、その冷凍したものを取り出して、少しだけ冷やした状態で食べてみました。完全には解凍せず、外側がやわらかく、中はまだひんやり。これが、教わった通りに本当においしいのです。ひと口また口に運びながら、ふと気づきました。これはもう、すっかりドリアンの味が癖になってしまっているのかもしれない、と。あれほど身構えていたはずなのに、現金なものです。
市場の店先で、立ったままかぶりついた一玉も格別でしたが、家で少し冷やしたものを、落ち着いて座っていただくのも、また違ったおいしさがありました。にぎやかな興奮の中で味わうドリアンと、静かな午後にひとり噛みしめるドリアン。同じ果物でも、食べる場所と心持ちで、こんなに表情が変わるのですね。
ちなみに現地の方いわく、ドリアンは体を温める「熱い」食べ物なのだそうです。食べたあとはお水をしっかり飲むこと、そしてお酒とは一緒にしないこと。昔から言い伝えられているそうで、こういう土地の知恵を聞くのも、暮らしの楽しみのひとつです。
あれほど身構えていたのが嘘のように、私のドリアンデビューは、すっかり幸せな(そして、ちょっと騒がしい)思い出になりました。初めてが最高級のムサキングだったのは、ちょっと贅沢すぎたかもしれません。これから他のドリアンを食べても、つい比べてしまいそうです。それでも、マレーシアでの暮らしに、また一つ忘れられない「初めて」が加わりました。気づけば癖になりかけているこの王様と、これからどんなふうに付き合っていくのか。次の一玉が、今から少し楽しみです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました🌿
🟡この記事を書いた人:タマキ
日光アレルギー歴17年。日差しが苦手なのに、縁あってマレーシアへ移住してしまいました。 動き回るせっかちな夫と、のんびり日陰を選ぶ私のシニア夫婦ふたり暮らし。
「快適にすごす工夫」を探しながら、日光アレルギーのこと、日々の暮らし、無理しない旅の記録を綴っています。
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