年を重ねてから、世界はまだ広がる


「世界が広がる」という言葉は、若い人のためのものだと思っていました。

留学、転職、新しい挑戦。そういう言葉が似合うのは20代や30代で、50代後半の自分には、もう関係のない話。むしろこれからは、持っているものを少しずつ手放しながら、世界をコンパクトにたたんでいく時期なのだと。

この4月にマレーシアに来て、まだ2ヶ月。それでも、その考えは少し変わり始めています。今日は「年を重ねてから世界を広げること」について、最近感じていることを書いてみます。

●世界は縮んでいくものだと思っていた

私は40歳前後から日光アレルギーと付き合ってきました。もう20年近くになります。

太陽を避ける暮らしというのは、言い換えれば「行けない場所」「できないこと」のリストが少しずつ増えていく暮らしです。真夏の屋外イベント、ビーチ、ガーデンパーティー。ひとつひとつは小さな諦めでも、積み重なると、自分の世界の輪郭がだんだん内側に寄ってくるような感覚がありました。

そこに年齢も加わります。体力、気力、新しいことへの腰の重さ。世界が縮んでいくのは自然なことで、抗うものではない。そう思っていたのです。

●「広げ方」は、若い頃とは違っていい

マレーシアに来て気づいたのは、世界の広げ方には種類がある、ということでした。

たとえば履き物の話です。日本ではきちんと靴を履いて、日傘を持って、完全防備で出かけるのが当たり前でした。でもここでは、Grabを呼んで、建物の入口から入口へ。直射日光を浴びる時間はほんの数十秒です。だから、サンダルで出かけることもできます。

正直に言うと、今でも履いているのは圧倒的にスニーカーです。長年の習慣というのはそう簡単には変わりません。でも大事なのは、サンダルを履くかどうかではなく、「サンダルという選択肢が自分にもある」と知ったことでした。20年近く「肌を守る」を最優先に組み立ててきた私にとって、選べること自体が、ちょっとした事件だったのです。

もうひとつ、最近うれしかったことがあります。日本から娘が遊びに来るのに合わせて、一緒に夜の街へ出かける計画を立てたことです。

日光を気にしなくていい夜のおでかけは、私のような体質の人間にとって、世界がもう一度開く時間です。日本にいた頃の私なら、日が落ちてからわざわざ街を見に出かけるなんて、最初から自分には関係のないことのように眺めていた気がします。それが今は、ライトアップされた街を娘と眺める夜を、楽しみに待っている。予約ボタンを押せたこと自体が、私にとっては新しい一歩でした。

大きな冒険ではありません。でも、世界が広がるというのは、こういう小さな一歩の積み重ねで良いのではないかと思うのです。

●夫の変化に教えられたこと

世界が広がっているのは、私だけではありませんでした。

夫は日本にいた頃、食事が早い人でした。仕事柄もあったのでしょう、お昼は10分で済ませるのが当たり前。それが今では、メニューをじっくり眺めて選ぶ時間を楽しみ、時間をかけて外食するようになりました。

英語がぺらぺらになったわけではありません。お店の方とのやりとりは、今もボディランゲージ混じりのちょっとした会話程度です。でも、レジでのそんな小さなやりとりを面倒がらなくなったこと、そして何より「食事に時間をかけること」を覚えたのは、私から見ると大きな変化でした。

60歳近くになってからの変化です。人は何歳になっても、環境が変われば変わる。隣でそれを見ていると、「もう年だから」という言葉が、いかに自分で自分にかけている鍵なのかが分かります。

●新しい出会いが、昔の自分を連れてくる

こちらに来てから、日本人コミュニティでさまざまな経歴の方と出会いました。

不思議なもので、新しい人との出会いは、未来だけでなく過去も連れてきます。ある方とお話ししていたとき、若い頃に抱いていた夢のことを、ふいに思い出しました。何十年も心の引き出しにしまったままだった気持ちです。

それをどうするかは、まだ分かりません。何かを始めるのかもしれないし、思い出しただけで終わるのかもしれない。でも「思い出せた」こと自体が、世界が広がった証拠のような気がしています。縮んでいく一方の世界では、過去の夢を思い出す余白すらなかったのですから。

●広げるのは距離ではなく、選択肢

年を重ねてから世界を広げるというのは、遠くへ行くことではないのだと思います。

私の場合、物理的には日本からマレーシアへ移動しましたが、本当に広がったのは距離ではなく選択肢でした。サンダルで出かけてもいい。夜の観光を楽しみに待ってもいい。夫はゆっくり食事をしてもいい。昔の夢を思い出してもいい。

「もうできない」と思い込んでいたことの中に、「やり方を変えればできること」が意外なほどたくさん混ざっていた。それに気づけたのが、この2ヶ月の一番の収穫かもしれません。

世界は、たたむ時期だと思っていました。でも今は、たたみ方を覚えた手で、もう一度広げている途中です。若い頃のように勢いでは広げられないけれど、20年の制約と付き合ってきた経験が、「自分に合った広げ方」を教えてくれます。

年を重ねてからの世界の広げ方は、きっと人の数だけある。私のこの小さな一歩が、どなたかの参考になればうれしいです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました🌿


🟡この記事を書いた人:タマキ
日光アレルギー歴17年。日差しが苦手なのに、縁あってマレーシアへ移住してしまいました。 動き回るせっかちな夫と、のんびり日陰を選ぶ私のシニア夫婦ふたり暮らし。
「快適にすごす工夫」を探しながら、日光アレルギーのこと、日々の暮らし、無理しない旅の記録を綴っています。


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