私たち夫婦は50代。
体の変化や日差しへの配慮をしながら過ごすなかで、住まいや暮らし方そのものを見つめ直す場面が少しずつ増えてきました。
今回書いておこうと思ったのは、その中でも大きな節目となった「家を手放すこと」にした経緯です。
時間をかけてようやく心が整い、こうしてブログに記録することにしました。
🌞光が好きだった家と、日差しとの距離感
この家は、明るい光がたっぷり入る設計がお気に入りで、吹き抜けにトップライト(天窓)もついていました。
けれど実は、住み始めて数年のうちに私は日光アレルギーを発症していました。
当時はまだそのことに気づかず、「陽当たりのよさ=快適さ」だと思っていたのですが、振り返ってみれば、体がじわじわとサインを出していたのかもしれません。
光あふれる空間が、やがて「日差しを避ける毎日」に変わっていったというのは、ちょっと皮肉だけれど、これもまた暮らしの変化のひとつだったように思います。
🌀家族の関係が、大きく変わったとき
この家にまつわる出来事のなかで、大きな転機となったのは、母の突然の病気でした。
手術と入院を経て、無事に退院できたものの、体だけでなく心の状態にも変化がありました。
もともとは穏やかな人だった母との関係が、少しずつ、そしてあるとき大きく変わってしまったのです。
怒りっぽくなった母の言葉に心が追いつかず、気づけば距離を取らざるを得ないような状態に。
家族だからこその葛藤もありましたが、母もまた、自分の暮らしを静かに歩み始めました。
👣ふたりの暮らしを見直すタイミングに
そんな出来事のあと、わが家にももうひとつ、大きな変化がありました。
夫が早期退職を決断し、これまでとは違うペースでの暮らしがはじまったのです。
時間に余裕ができたことで、これからどう生きたいか、どんな場所で過ごしたいか、ということを現実的に考えるようになっていきました。
🏠「所有すること」から、少し離れてみて
母が家を出たあと、私たち夫婦も別の場所で暮らすようになりました。
その間、自宅は人に貸しながら様子を見ていたのですが、長く所有することで発生するコストやメンテナンスの手間なども、少しずつ気になりはじめていました。
「住んでいないのにお金がかかること」
「今の自分たちには必要でない空間を抱えていること」
そうした違和感が、時間をかけてじわじわと大きくなっていったのです。
思い出の詰まった家だからこそ、すぐには手放せませんでしたが、
こだわりすぎず、“今の自分たちに合う心地よさ”を選ぶことも、大切なことだと感じています。
✍️この記録が、いつか誰かのヒントになりますように
この文章は、自分自身のための振り返りでもありますが、
もし同じように迷いや節目を感じている方がいれば、何か小さなヒントになればと思い、綴っています。
🗂タマキのメモ
これから、売却の準備や内覧のこと、不動産会社とのやりとりなども少しずつ書いていくつもりです。
手放すことは寂しさもありますが、「これからの暮らし」を整えるための一歩でもあると感じています。
🥦この記事を書いた人:タマキ
日差しが苦手。でも旅も暮らしも楽しみたい。そんな私と、ちょっとマイペースな夫とのアラカン夫婦ふたり暮らし。
「快適にすごす工夫」を探しながら、日光アレルギーのこと、日々の暮らし、無理しない旅の記録などを綴っています。
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